葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.8
ワインの聖地巡礼・その3 グルジア名物、お歯黒ワイン

青山葉月

 突然だが、私はもうすぐ30歳になる。30歳といえば、ある程度の仕事の経験も積み、プライベートでは子供が2人位いてもおかしくはない年齢だ。にもかかわらず、長期休暇とあらばフラフラ海外に行き、地を這うように旅をするのは、「自由でいいね」と羨ましがられる一方、「いつまでも好き勝手して」「いい加減に地に足を付けろ」という言外のメッセージを感じることもある。
 
 それでも、観光ツアーで名所旧跡を巡るだけでなく、現地の生活を垣間見るような旅はいくつになってもワクワクする。何より楽しいのは、日本で生活しているとなかなか出会う機会のない人と話せること。真っ黒に日焼けしながら自転車で世界を走っている人、10年も帰国せず海外を旅している人、私と同じく30前に「無謀なことをする最後のチャンス!」とばかりに職を辞め、夫婦で世界一周している人……広い世界を見ることに貪欲で、アクティヴな人と話すことは刺激的だ。

 一方、全く逆のタイプの人もいる。一時話題になったが、海外で引きこもり生活をすることを「外こもり」いうらしい。日本社会に馴染むことができず海外に「逃避」し、かといって、街に出て異文化交流するわけでもなく、安宿に長期滞在して漫画やゲームして過ごしている「外こもり族」。私自身、過去に何度も見た。いずれにせよ、いろんな人種のるつぼとなるのが、ゲストハウスという安価な宿泊施設だ。そういう宿には大体、リビングルームのような共有スペースがあり、同宿の旅人同士で酒を飲んだり、夜な夜な話をしたりする。特に情報の少ないコーカサス地方では、人からの生の情報は金に値する。

 グルジアの首都トビリシで泊まったゲストハウスは、見るからに怪しい雰囲気を放っていた。そこまで車で送ってくれたグルジア人の友達は、1泊5ユーロという看板に驚愕し、「本当にここでいいの?」と5回も私に確認してきた。私も一抹の不安を覚えたが、時間は既に午後8時を過ぎ、外は暗い。他に行く宛もなく、「1、2泊だし我慢しよう」とそのまま泊まることにした。
 
 入り口のドアを開けるとすぐに共用ロビーがあるのだが、薄暗く、清潔感がない。いかにも長旅中ですといった風情の日本人がノートPCに向かっていた。宿泊施設は個室とドミトリー(相部屋)があるが、個室は一杯だったため、ドミトリーに通される。狭い部屋に2段ベッドが2つ。わずかに空いているスペースに荷物を置き、上段のベッドを確保したが、空気の淀んだドミトリーに居る気分にはなれない。「長距離移動の後だし、シャワーでも浴びてすっきりしよう」と共用シャワースペースへ行くと、運悪く断水しており、蛇口をひねっても水が出ない……。あまり環境は良いとはいえず(むしろ、悪い)、近隣諸国からきた旅人同士で情報交換が盛んに行われている点が最大の長所だった。

 管理人は、妙に爽やかな笑顔が印象的な若いセビリア人男性。白いTシャツをジーンズにきっちりとインしているところは、日本の秋葉系(おたく)っぽい。宿泊料はフリーミール(セビリア人の手料理)とフリーワインがついて5ユーロと破格だが、食事は残念ながら、口に合わなかった。おまけに、ワインは下水の匂いがした。「景気付けにワイン飲むかい?」と綺麗に並んだ白い歯を見せるセビリア人を前に、「いらない」とは断れず口に運ぶのだが、2日目の夜には、近所のスーパーにビールを買いに走っていた。近所のカルフールには、ドラフトビールを量り売りしていて、これがまた妙に美味い。


ばっちりウィンク
 とはいえ、せっかくなら美味しいワインを飲もうと、街歩きに出かけることにした。トビリシはワイン好きには天国のような街で、至る所にワインショップがある。しかも試飲はフリー。軒先の「Free Tasting」という看板に、目移りしてしまう。


 トビリシの旧市街の中心地Riverty Square周辺は、ヨーロッパにも似たお洒落な雰囲気。石畳の道が風情を醸し出している。川沿いに向けて通りを下っていくと、『Wine Cellar』『Vino Paradiso』という魅惑的な看板が目についた。「楽園かぁ・・・こりゃいいや!」と『Vino Paradiso』に入ると、エキゾチックなグルジア美女がひとり。「よし、当たり!」と密かにガッツポーズする。
「いらっしゃい」
「日本から来たんです、ワインが大好きで」
「そんな遠いところから!たくさん飲んでいきなさい」
美女は、いそいそとワイングラスを取りにいった。


「楽園」への入り口
   日本のワインショップには、フランスを中心に各国のワインが並ぶが、グルジアのワインショップでは自国のワインが大半を占める。気がつけば、試飲用に11本が並んでいた。グルジア固有品種のものから、ヨーロッパ系品種、はたまたホームメイドワイン(といっても、ボトリングされたもの)までズラリ。これまでグルジア西部を旅してきて、飲むのはいつも自家製ワインだったため、製品化されたワインを飲むのは始めて。珍しい品種に感嘆しつつ、メモを取りながら片っ端から試飲していった。グルジアワインは、英国のチャーチル首相が愛したキンズマラウリをはじめセミスイートワインが有名だが、固有品種「サペラヴィ」の辛口赤ワインは、歯がお歯黒になりそうなくらいタンニンたっぷりで、濃いものも多い。

 私が試飲している間、グルジア美女はお店のパソコンで友達とチャットしながら、youtubeで音楽をきいている。時折こちらをチラリと見て、「日本でオススメの曲はなに?」などと聞いてくる。最近の流行に疎い私は、とっさに15年以上前に流行った宇多田ヒカル『First Love』をおすすめしたところ、すぐさまyoutubeで調べ、再生。「これが人気の音楽なのね」と、宇多田ヒカルの太い眉毛を不思議そうに見つめていた。海外にいくと、自国の文化について聞かれて答えに窮することが多いが、「これから海外に出る時は、日本のナウい音楽を仕込んでいこう」と心に決めた。
 ワインに囲まれた「楽園」で寛ぎ、ほろ酔い気分になるうち、1時間が経過。気づけばボトル半分以上は飲んでいる。「いかん、目的は街歩きだった、これではワインショップ巡りで終ってしまう」と我に返り、美女とfacebookで友達になった後、足早に店を出た。
 
 お散歩を再開して5分後。何やら小洒落た店が連なっている。そのうちの一つは、地下にのびる階段があり、いい雰囲気。入ってみると、天井は美しいアーチを描き、中の空間は洞窟のよう。オレンジ色の照明が、棚に並ぶワインを照らし出した。どうやらワインバー併設のワインショップらしい。トビリシの試飲文化に味を占めた私は、店員のおじさんに、「試飲はできますか?」と聞いてみることにした。 


Vino Underground
 ずんぐりむっくりとしたクマみたいなおじさんは「うむ、よかろう」と頷き、奥のテーブル席へ案内してくれた。店内は仄暗く、うっかりすると昼夜の感覚を忘れそうになる。奥のソファに腰掛けると、思いのほか柔らかく、身体が重力に従い下に沈み込んだ。
 出してくれたのは、ロゼと赤の2種類。赤は、さきほどの「楽園」で試飲したお歯黒ワインと同じ品種「サペラヴィ」にも関わらず、ガメイやピノ・ノワールを彷彿とさせる軽やかさがあり、タイプが全く違う。ゆっくりと味わいながらワインを愉しんでいると、空間をも飛び越え、都内の深夜のワイン・バーにいるみたい。他に客もなく、一人でのんびりしていると、思わずうとうとしてしまう。「さすがに何か買わないと申し訳ないかなぁ……」と思いつつ、こちらは旅人の身。その後の街歩きの荷物になることを考え、「後でまた来ます」と言い残し、その場を去った。改めて看板を見ると、『Vino Underground』。日本に帰国してしばらくしてから気づいたのだが、実はこの店は、グルジア自然派ワインの有名な造り手ラマス・ニコラゼ(Ramaz Nicoladze)らが運営する店だったのだ。彼とはその後、日本で再会することになる。

   iphoneで時間を確認すると、午後2時に街歩きを開始したのに、既に5時を回っていた。ワインショップ巡りばかりで、全く観光していないことに気づいたが、未知の街での夜間の一人歩きは怖い。メトロを乗り継ぎ、大人しく宿に戻ると、セビリア人が「飲んできたね」とにやり。慌てて鏡を見ると、上下の前歯はお歯黒みたいに真っ黒に染まっていた。
                       
 夕暮れの闇より深しサペラヴィ はづき




青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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