葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.1 
「葡萄界の出生魚 」

青山葉月

小学校が夏休みに入る時期になると、冷蔵庫でカチカチに冷やしたデラウェアをお風呂上りに食べるのがとっておきの贅沢だった。母と一緒にスーパーに行くと、率先してカートを押したり、品定め選手権に敗れた商品を棚に戻すお手伝いの代わりに、「デラウェア買って」とせがむような食い意地の張った子どもだった。葡萄がワインに変わっただけで、葡萄酒(ワイン)欲しさに汗水たらして働くのは、昔も今も変わらない。 啄木は、最初の歌集、『一握の砂』で、自身の生活の困窮ぶりをじっと手を見て嘆いたが、私の場合、稼ぎは全てワインに変わるので、いずれにせよ生活が楽になることはない。

はたらけばはたらくほどわが人生葡萄(ワイン)にかこまれ心はうるおふ はづき

日本ワインの中で、最近デラウェアがアツいと個人的に思っている。デラウェアは、そのまま食べても美味しい。これでワインを作ると、生食用葡萄に特徴的な、フルーツ・バスケットみたいな甘い香りがする。フレッシュさを生かし、甘口に仕上げることが多いが、そこを敢えてキリッと辛口に仕上げるのが最近のはやりらしい。本当はカレに甘えたくて仕方ないのに、イイ女に見せようとクールに振る舞う女のコのよう。

アルプスワインを訪れた時に飲んだ「ジャパニーズ スタイル デラウェア」もそんな「つんでれワイン」のひとつだ。アルプスワインは、50年続く山梨の歴史あるワイナリーで、国産ワイン・コンクール等で何度も受賞歴をもつ実力派。コスト・パフォーマンスが良いので、貧乏人の私にはありがたい。ワインは、コンセプトの異なる3つのシリーズが有名だ。1つめは、醸造家の全ての技と時間と情熱を注ぎ込み、苦行僧みたいにひたすら高品質ワインを追求するフラッグシップの「プラチナコレクションシリーズ」。2つめの「アサンブラージュ TYPE R」は、数種類の品種をブレンドし、「何だか解らないけど、とにかく美味しい」ワインを目指す。最後が、シンプルな作り方にこだわり、日本らしい「簡素な美」を表現する「ジャパニーズ スタイル」だ。

このジャパニーズ スタイルのデラウェアを飲んで、アントニオ猪木にビンタされたような衝撃を受けた。デラウェアの甘い香りは前面には出ず、ブラインドで飲むとフランスのシャルドネと思うかも……。時間と共に、デラウェア本来の香りが現れ、いい意味で化けの皮が剥がれてくる。デートを重ねるうちに、好きな音楽やワインの話が弾んで二人の仲が急速に縮まり、素の自分を出せるようになった……。そんな付き合って3ヶ月目の初々しいカップルのよう。口に含むと、程よい厚みと果実味に加え、どことなく青みを感じ、清涼感が心地よい。ジューシーな果汁が身体の細胞の隅々に染み渡る。この瑞々しさがたまらない。灼熱の砂漠地獄で突如オアシスが出現し、その奇跡の水を口に含んだら、こんな感じだろうなぁと思う。

陽炎や砂漠に冷える白ワイン はづき

デラウェアは収穫タイミングに応じて、「青デラ」、「赤デラ」、「黒デラ」と呼び方が変わるらしい。「ぶりはまち元はいなだの出世魚」という川柳があるように、稚魚から成長するにつれ、名前がかわる出世魚のよう。「葡萄の出生魚」と名付けたい気分だ。

 葡萄を生で食べる時、巨峰のように皮を剥く必要があると、皮を剥くのにイライラする。ナマケモノも呆れる超絶めんどくさがりの私には、皮剥きは、砂漠の砂を箸でつまむ以上に大変な作業。種あり葡萄をうっかりガリっと種まで噛むと、砂抜きをさぼったアサリの味噌汁を飲んだ頑固オヤジのように顔がゆがむ。種を噛む感覚が子供心には苦手で、数粒まとめて口に放り込める種なし完熟デラウェアがお気に入りだった。ワインには、種の苦さが大人デラウェアのポイントなのかぁ……人生もワインも ホロ苦い方が、味が出るわよねと、今は勝手に納得している。

陽炎や砂漠春の宵恋知らぬ娘もワイン飲む はづき

アルプスワインでの試飲会では、デラウェアに初鰹を合わせた。この絶妙の相性にテーブルの会話が止まる。黒潮から釣り上がって甲板を跳ね踊る荒々しい鰹と、メロンを思わせる上品なデラウェア。プロレスラーとバレリーナのカップルのように、シュールレアリスム的な組み合わせだが、何とも相性が良い。ワインを飲む手も、鰹を食べる箸も止まらない。完璧なマリアージュの前では言葉は不要。ひたすら無言で食べるがよろし。

 いたく感激した私は、醸造責任者の前島良さんにうかがうと、「デラウェア本来の香りを出さないため、種入りの完熟デラウェアを使い、酵母も低温のものを使用しています」とのこと。「他に力を入れている品種やシリーズがありますか?」と聞くと、「甲州、ベイリーA、デラウェアは改めて面白いですね。プラス、今はシラーでしょうか? シリーズとしてどれかに偏って力を入れているってことはありません。どれもコンセプトが全然違うんで。『プラチナコレクション』は、樽やMFLなどテクニックを駆使してより高いレベルのワインを目指していますし、『アサンブラージュ』は何種類も混ぜるんですが、品種の個性は出来るだけ出さずに、ワインとしてのバランスを重視しています。『ジャパニーズ スタイル』は、品種の個性を生かしながら、世界中の人に和風のワインだ!って紹介出来るようにしたいですね」

金子みすゞ風に言うと「アルプスワイン3兄弟、みんな違ってみんな良い」だ。戻り鰹の時期に、再び飲んでみたくなった。

デラウェアそれぞれ美味し出生魚 はづき



青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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