葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.4
「山形ヴァン、トレビアンだじぇ:その3」

青山葉月

  我が永遠の心の師・松尾芭蕉は全行程2,400km、5ヶ月に及ぶ『奥の細道』の旅のうち、40日を山形県で過ごした。その山形行脚の道中、「猫の恋やむとき閨の朧月」「涼しさやほの三日月の羽黒山」「雲の峰幾つ崩れて月の山」などと四季を通して月を詠んだ。
 最近俳句に凝っている私のイチオシの俳句入門書が、千野帽子の『俳句いきなり入門』だが、氏はその中で「俳句は速い。17音しかない俳句は、定食屋の壁にかかれたおしながきのように一瞬で目に刺さる」と主張する。季語に「猫の恋」を用いた芭蕉の早春の句は、まさに速い句だと思う。バッと字面を見たときに、頭について残る。「先ほどまで猫の戯れの賑やかしい声が聞こえていたが、いまは静寂が戻ってきた。ふとあたりを見まわすと、春の短夜の朧月が部屋に差し込んでいる。猫に刺激されたのか、なんとも人恋しくなる春の夜だ。」としっとりした春の夜の情景を吟じた句には、静謐な空気感プラス、そこはかとないエロティシズムが漂う。一方「雲の峰幾つ崩れて月の山」は、山の峰のように高くそびえ立つ入道雲(雲の峰、夏の季語)と神々しく鎮座まします月山の対比が鮮やかで、壮大な句だ。

 芭蕉の句の舞台ともなった月山は、山形県の中央部に位置する標高2,000メートル弱の火山で、日本100名山にも登録された山形が誇る名勝地。ここには、山ぶどうやその交配品種から高品質のワインを作る月山ワイン山ぶどう研究所がある。もともと自然に恵まれた月山旭村では山ぶどうがどっさり採れたそう。昭和40年代後半に、北海道で山ぶどうからワインを作っている話を聞いた村人たちが「山ブンドならなんぼでもある。おら方でもやってみんべ」とスタートしたのがワイナリーの発祥だ。日本には白なら甲州、黒葡萄ならマスカット・ベリーAといった固有品種が存在し、最近では品質も飛躍的に向上しているが、山ぶどうにフィーチャーしているところは珍しい。山ぶどう研究所という古風な名前とは裏腹に、モダンで高品質なワインを作っている。
 
 芸術家に猫好きは多いが、その一人として有名なのは、フランスの画家バルテュスだ。ピカソをして「20世紀最後の巨匠」とまでいわしめたバルテュスだが、彼が生前「私が猫を好きなのは、人に媚びない高貴さがあるからだ」と言い残したように、作品には多種多様な猫が登場する。また猫同様に少女のモチーフを好み、生涯を通して猫と少女を書き続けた。その作品群を見ると、共通して少女の足が、(時にはやや不自然に)折り曲がっていることに気づく。《鏡の中のアリス》に描かれる少女は、胸をはだけ、左足を椅子にかけ膝を立てて性器を見せながら髪をとかしている。仏門に入る女性が剃髪するように、長い髪は性的シンボルの象徴と考えられている。戒律の厳しいイスラム教徒の女性はスカーフで髪を隠し、全身を布で覆い、女性としての魅力・美を表に出さないようにする。これは外部の危険から身を守るためだ。例えば、前から二人の女性が歩いてくる。一人は肌を隠した女性、もう一人が肌を露出している女性だったら、どちらをナンパするだろうか。人前で髪をとかすことなどありえない。かたや、ミステリアスな表情で髪をとかす絵の中のアリスは、髪を象徴することで我々を誘惑しているようにも見える。ほとんど白目を剥いたようなまなざしが印象的で、絵の前にたつと胸がざわざわして吸い込まれるようだ。描く少女が性的なイメージを想起させるという理由で批判されることも多かったバルテュスだが、絵から漂う独特のエロティシズムは、やはり見るものを魅了する。玄人に人気の高級シャンパーニュ・クリュッグ好きを「クリュギスト」というように、バルテュスの熱狂的なファンを「バルテュスト」という言葉が出来るほどコアなファンが多い。

 月山ワインの『ソレイユ・ルバン・ロザートフリッザンテ 2013』はバルテュスが描く、自由で高貴な気まぐれ猫のよう。フリッザンテはイタリア語で「微発泡」の意味なので、珍しいロゼの微発泡タイプのワインだ。超限定発売のため、なかなかお目にかかれない。山形ヴァンダジェで見つけたときは、我先にとちゃっかりゲットした。ヤマ・ソーヴィニオンという、山葡萄とカベルネ・ソーヴィニオンの掛け合わせの日本独自の改良品種から作られるこのワインは、山葡萄の特性である野性味と強さを兼ね備えつつ、しなやかで心地よいアフターが特徴的だ。山形のさくらんぼのような明るいピンク色のチャーミングなロゼはアウトドアにもぴったり。ヤマ・ソーヴィニヨンの可能性を感じる1本といえる。
 これは一本ゲットすべしと慌ててお土産コーナーに走ったが、時既に遅し。一本も残っていない……。美味しいワインをすかさず見つける日本ワイン・ラヴァーのアンテナの高さに恐れをなしつつ、手ぶらでとぼとぼ会場を後にした。
見上げた空に浮かぶ三日月が、月山ワインのラベルに描かれた月と重なった。

 薄月にロゼ色が舞う帰り路 葉月




青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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