葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.6
「超・極私的レポート:トルコのワイン事情・その2 『長旅で女子が太るわけ』」

青山葉月

 長期の貧乏旅行者には、体重増減に関するある法則があてはまる。「男性は体重がどんどん減り、逆に女性は増えていく」のだ。たいていの人は、社会人になると、時間と快適さをお金で買うそこそこ優雅な旅がしたくなるものだが、お金を時間と体力でカバーする貧乏旅行者は、往々にして辛い場面にぶち当たる。例えば、イランのテヘランートルコのイスタンブール間を移動する場合。飛行機だと3時間だが、バスだと40時間かかる。そのかわり、費用は五分の一以下で済む。

 長距離のバス移動は辛い。トイレに自由に行けないため、出発祝いのビールも我慢しないと、ツケは自分に回ってくる。小田急ロマンスカーで箱根へ行くのとは訳が違う。次第に体のあちこちが痛み出し、地上に居ながらエコノミー症候群を体験できる。平らに整備された道を進むとは限らないので、でこぼこ道を転がるように走り、車酔いでエチケット袋が離せない場合もある。
 そんな過酷な旅が続くと、男性は環境変化のストレスと積み重なる疲労で食が細くなり、みるみる内にやつれていく。逆に女性は、「ここでエネルギー補給しておかないと、身が持たないわッ」とますます食に走る。そもそも旅に出る女子は、よほどのことでなければ、食事を抜かない。一生の食事回数は限られているから、1食分を逃すのは、もったいないのだ。
 「土地の名物は食べ尽くしてやる」とばかりに周囲をねめ回し、「ダイエットは帰国後から。今しか食べれないものを食べずに、いつ食べるのッ?今でしょッ!」といいながら、毎日ひたすら食べる。3食にとどまらず、屋台で売っている珍しいお菓子や果物、絞り立てのフレッシュ・ジュースにも目がない。1週間程度の旅ならば、帰国後に野菜スープ生活を続ければ十分挽回できるが、1ヶ月を超える長旅になると、脂肪は地層のごとく積もる一方。人によっては、帰国時に以前の面影が消える。


 トルコは世界三大料理の一つ。ブルーのワンピースに身を包んだ美女が似合う瀟洒なレストランから、地元民の集まる大衆食堂、メイハーネ(居酒屋)、ケバブやサバサンド等の軽食を売る屋台、女性一人でも入れるお洒落カフェ、髭をたくわえたダンディな地元のおじさまで賑わうチャイハーネ(茶屋)まで、様々な店が立ち並ぶ。『トルコのワイン事情・その1』で書いた通り、トルコワインも色々試したが、一人旅ではワインをボトルで買っても飲みきれないし、レストランで女性一人でお酒を飲むのは、イスラム圏では避けたいところ。
 堂々と大手をふるって飲みたいならば、カッパドキアに行くとよい。カッパドキアはトルコの中央、アナトリア高原に位置する観光都市で、ちょっとエッチな形の奇岩で有名。ギョレメというイカつい名前の街を起点にまわるのが効率的だ。連なるキノコ岩を見ると、それらが自然の産物であることに驚くが、岩ばかり見ていても、はや2日目には飽きてくる。ギョレメ滞在中の3日間中2日はワイナリー巡りに費やした。良く熟れた美味しい葡萄がとれるため、ワインの産地としても有名なのだ。

 カッパドキアでは、ファティさんというトルコ人のお兄さんにお世話になった。イスタンブールで友達になったトルコ人のドゥルに紹介してもらい、ギョレメ滞在中の宿の手配もお願いしていた。
 サフランボルという小さな街から夜行バスで朝5時半にカッパドキアに着くと、あたりはまだ暗く、人通りも少ない。「到着したら電話するように」とファティさんに言われていたが、モーニング・コールにはまだ早すぎる。時間つぶしに朝日を見ようと小高い丘に登ると、眼下にたくさんの小さい火の玉が見えた。ちょうど、カッパドキア名物の早朝の気球ツアーが始まる時刻。100以上の大小の気球が轟々と炎を噴出させ、次々と空に向かって上昇していく。しばらく見入っていたが、辺りが明るくなってきたことに気づき、ふと目線を上げると、遠くの地平線から少しぼやけた太陽が顔を出した。思わず涙が出た。

 ようやく朝7時。「今、ギョレメのバス停に着いたのですが、どちらへ向かえば良いですか」とファティさんに電話すると、「ツーリスト・オフィスの前に迎えに行きます」と落ち着いた口調で返ってきた。待ち合わせ場所に現れた彼は、30歳代の男性で、髪の毛を綺麗に梳かし、空色のポロシャツをジーンズにきっちりインしていた。真面目な理系大学生のよう。ジーンズの丈が少し短めなので、白いソックスが見えているのが可愛い。  ファティさんの経営する旅行代理店のオフィスへ行き、ホテルへチェック・インするまでの間、休ませてもらうことに。重い荷物を降ろし、ひと息つくと、「朝食はまだだよね」といいながら、塩気の強いチーズと食パン、ピーナッツバターを出してくれる。彼は家で朝食を済ませてきたのか、コーヒーにしか手をつけない。お互い、無言が続く。ファティさんは、母国語に加え、流暢な英語と片言の日本語を操るが、シャイなのかあまり話さない人らしい。同じく人見知りの私は、沈黙のまま食パンを口に押し込み、喉が詰まりそうになるのを無理矢理コーヒーで流し込んだ。塩気の強いチーズと苦みばしったコーヒーの相性は最悪だ。

 ワイナリー巡りの際は、事前に予約をしてじっくり見学するのも良いが、今回の旅の目的は心のリセット。仕事モードではなく、ふらりと気軽に立ち寄りたい。宿から近いワイナリーをファティさんに聞いて、2件訪問することにした。

その1.大手ワイナリー:TURASAN Winery
 ギョレメから車で10分程の、ユルギャップという街にあるTURASANワイナリーを訪れた。ユルギャップまでバスでも行けるのは知っていたが、「行き方がわからない……」と不安げに呟くと、ファティさんが車で連れて行ってくれることになった。
 さすが大手のワイナリーだけあり、規模も大きく門構えも立派だ。中に入ると、若いイケメンのお兄さんが歓待してくれた。6ユーロを払うと、醸造所見学と試飲ができる。ファティさんはお酒が飲めないため、「外で待ってるから、一人で行ってこい」という。私は「イケメンのお兄さんとマンツーマンなんて、ラッキー」とほくそ笑み、ファティさんを一人残し、いそいそとセラー見学へ繰り出した。

 TURASANワイナリーで出しているアイテムは24種類(2014年9月現在)、セラーの規模も大きい。特に赤ワインが多く、品種はカベルネ、メルロー、シラーなどの欧州品種に加え、独自品種のオクズギョズとボアズケレが有名。早口言葉で10回唱えたら舌を噛みそうな、聞き慣れない品種だ。醸造所の中には、埃をかぶったラベルのないワインが沢山置いてあった。売り物ではないだろうから、にこっと笑顔を見せて「1本下さい」と言ったら、プレゼントしてくれたかも……。
 15分程でセラー見学を終え、お待ちかねの試飲タイム。試飲アイテムは自分で選べるが、初心者の私は「代表的な3種類を」とスタッフにおまかせした。辛口白、ロゼ、やや重めの辛口赤と試飲した中で、一番のお気に入りは、花のラベルがキュートなロゼ。もう一杯お変わりしたかったが、ちらりと後ろを見ると、ファティさんが仁王像のようにじろりと私を見ている。お酒を一滴も飲まないファティさんにとって、グラスにかじり付いてぶつぶつ言っている私の姿は奇異に移ったらしい。「crazy girl!」と言われぬうちに、試飲もそこそこに切り上げた。

その2.家族経営ワイナリー:Kocabag Cappadocian Wines
 「ファティさんの厳しい監視下では、思う存分飲めない……!」そう危惧した私は、もう一件のワイナリーへは自力で行く事にした。バスでわずか10分程度のウチヒサルで下車。小さな街なので、すぐにワイナリーは見つかった。


 奇岩を眺めながら試飲三昧
 家族経営のため、大手のTURASANワイナリーに比べると格段にこじんまりとしている。出迎えてくれた男性は、スキンヘッドで筋骨隆々。イカつい容姿に思わず怯むが、年齢を聞くと、同い年なことがわかり、一気に打ち解けた。醸造所や畑の見学はできないが、無料で色々試飲できるのが良い。「ただより高いものはない」とよくいうが、こちとら貧乏旅行者。目の前の「free」の文字に、「ただより安いものはない」と飛びついた。
 試飲でしこたま飲んだ後、試飲スペースの横にある居間でゆったり寛いでいたら、先ほどのお兄さんが「お腹は空いているか?」と遅めのランチに誘ってくれた。実はお昼にピデ(トルコ風ピザ)をたらふく食べてかなり満腹だったが、Noといえない日本人の私は、思わず「ぜひ」と応えていた。

   ランチはシンプルな男飯だった。メインの煮込み料理は、たっぷりお肉にジャガイモと茄子とトマトが入って一見ラタトゥイユ風。付け合わせに、真ん中に切れ目の入った少し固めのバゲット。一口大にカットされた山盛りの水瓜もある。メインはあらかじめ2人分に取り分けられていたが、飛び入りの私のために、量を調節して1皿分捻出してくれた。

 「バゲットにお肉を挟んでサンドイッチにするのかな」と見ていると、パンの中身を取り除き、その中に具を入れ始める。取り除いたふわふわの白い部分は、犬のえさにするらしい。「なんと贅沢な食べ方なんだ……」サンドイッチの作り方ひとつに文化の違いを感じるが、特に面白かったのはサンドイッチと水瓜を交互に食べること。酢豚+パイナップルを代表とする「食事と果物のコンビ料理」を見ると、「食事は食事、果物は果物!」と敬遠する人も多いが、交互に食べる人は初めて見た。
 スパイシーな赤ワインをガンガン飲んで、昼からほろ酔いイイ気分。ワイナリーのお兄さんに、ギョレメの街まで送ってもらい、帰りがけにファティさんのオフィスに顔を出した。「飲んでるね」とずばり指摘され、「また、ワイナリーに行っちゃいました」と口を滑らすと、ファティさんがあきれ顔で「crazy girl」とつぶやいた。ああ、やってしまった。

 夜は「カッパドキアならではのおすすめ料理」を食べに、ファティさんと夕食に出かけた。が、ファティさんは、なぜか1人分の食事しか頼まない。「もしや、節約のため2人で1人分?」と思いながら、おそるおそる「ファティさんはご飯食べないの?」と聞くと、にやりと不適な笑みを浮かべ、ポケットの中から透明の小袋を取り出した。
「ぽり、ぽり、ぽり・・・・・・・」軽快な音が響く。見ると、大量のひまわりの種をモノすごいスピードで口に運んでいるではないか。「ダイエット中だから、夕食はいつもこれで済ますんだ」そういって、頬に詰め込む様は、体格の良いリスのよう。
 「同じカロリーでも、私だったら違うものを食べたい」そう思いながら、運ばれてきた名物の壷ケバブを地ワインで流し込んだ。


ひまわりの種子の山なお口寂し はづき




青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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