葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.7
ワインの聖地巡礼・その1 「ウォッカの洗礼」

青山葉月

 トルコのワインの値段の高さに辟易した私は、隣国グルジアに逃れることにした。

グルジアは、ワイン発祥の地。その歴史は約8000年前に遡る。コーカサス3国(グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)はどの国も聞き慣れないが、グルジアはワイン好きには外せない。今回旅の計画を立てる際、「始点と終点はトルコ、最終目的地はイラン」と決めていたが、トルコーイラン間の陸路越えは国境付近の治安が心配だった。旅人の交易地イスタンブールでトルコーグルジア間の行き来は簡単にできると知り、ルートをトルコ→グルジア→アルメニア→イランに決めた。

 「世界一イランビザがとりやすい街」トラブゾンにて即日でイランビザを取得した私は、さっそくその日の夕方にグルジア行きの夜行バスの予約をしに出かけた。道すがら、行き先を考える。黒海沿岸沿いの都市バトゥミはトラブゾンと同じ港町だし、首都トビリシまで直行するのはもったいない。やはり目指すは「コーカサス最強の男」のいる、第二の首都クタイシだろう。

 
トルコはバスの交通網が発達しており、シートは広く清潔で、価格も安い。所要8時間、約2000円で寝ている間に目的地に着く夜行バスは、宿代も節約できて一石二鳥。おまけに今回は、サービス係のお姉さんがベリー・ショートの美女で、一石三鳥だった。トルコの女性にはエキゾチックな美人が多いが、大抵ロングの黒髪なので、ショート・ヘアは珍しい。すらりとしたパンツスーツに、10センチはある黒いピン・ヒールを履きこなし、スタイリッシュでセクシー。立ち仕事でピン・ヒールを貫き通す姿を見ると、女性の美の追求には国境がないとしみじみ思う。


 島国日本生まれの私は、陸路で国境を超えるときのワクワク感が好きだ。8年前、タイからマレーシアに入国する際、隣席のスイス人が入国審査に引っかかり、危うくバスにおいて行かれそうになった。もちろん荷物はバスの中にある。我々を追いかける青年の必死の形相を思い出し、私もトルコに置いて行かれぬよう、見知らぬトルコ人に引っ付いて、無事に国境を通過した。黒海沿岸沿いは雨が降りやすいのか、中間地点のバトゥミを通り過ぎる頃、窓の外は横殴りの雨だった。

 午前3時半。クタイシ随一の中心地マクドナルド前で、バスは停車した。外はまだ暗く、誰も歩いていない。グルジア文字は、アルファベット読みができないため、看板や標識すら読めない。目的地の『スリコの家』に行くには時間が早すぎるが、このまま夜が明けるのを待つのはあまりに心細い。「行けばなんとかなるだろう」と出待ちのタクシーに乗り、『スリコの家』の住所を見せると、運転手は「がってん承知の助」と頷き、車は走り出した。

 女子一人で深夜のタクシーに乗るのは、正直怖い。物騒な事件もよく聞くし、いくら虚勢を張っても、力で勝負すれば負ける。入国したばかりで、流通通貨の「1ラリ」が日本円でいくらかもすぐに計算できない。精一杯隙を見せぬよう、隣で気を張っているのも知らず、髭もじゃで小太りの運転手は陽気に話しかけてくる。もちろんグルジア語なので、聞き取れない。「グルジア語、ノン!」とジェスチャーしても、全くおかまい無しの様子。集中して聞くと、どうやら「ウォッカを飲むか?ウォッカが嫌ならコニャックもあるでよ」「ハチャプリ(グルジアの名物料理)もあるでよ」と、私を丑三つ時のディナーに誘っているらしい。
 
「えーっ、いきなり酒かい。しかも度数の強い酒ばかり。あんたは運転に集中しなはれ」
と唖然としながら、
「アルコールアレルギーなんです」とやんわり断る。
「いやいや、そうは言わずに。一杯だけでも。せっかく来はったんやから」
「いえ、お酒を飲むと、じんましんが出るんです(ジェスチャー)」
そのやり取りが3回続く。歓迎してくれるのはありがたいが、しつこいオジさんだ。15分程でようやく目的地に到着すると、お金を多めに渡し、引き止める彼を尻目にタクシーを降りた。トルコからグルジアへ入り、「お茶文化」から「酒文化」変わると同時に、いきなりウォッカの洗礼とは。いやはやこの先どうなることやら。


東風吹かばワインの祖国に酒香る はづき




青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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