葉月のワイン吟行


「葉月のワイン吟行」vol.8
ワインの聖地巡礼・その2 「コーカサス最強の男」

青山葉月

 民泊が主流のグルジアでは、一般の家庭に手頃な価格で宿泊できる。グルジア第二の都市クタイシにある「スリコの家」は、旅人の間では有名な民宿だった。
 クタイシには、市内中心部にあるバグラティ大聖堂、郊外のゲラティ修道院、2つの世界遺産があるが、家主のスリコ自体が「歩く世界遺産」との異名を持つ。なんといっても、その飲みっぷりが尋常でないのだ。毎晩、世界各国から集まる旅人とともに、自家製ワインを飲みまくり、挙げ句の果てには飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。妻のメディコも呆れ気味との噂は、クタイシに滞在した旅人からはよく聞く話だった。
 トルコからの夜行バスで午前3時半にクタイシに到着した私は、タクシー運転手の飲みの誘いを振り切り、スリコの家の門を叩いた。しんと静まり返る家。もちろん、路地には誰も居ない。呼鈴もないので家人に来客を知らせる術も無く、しばらく門扉をガチャガチャしていると、中から若い男性が目をこすりながら出てきた。夜間の来訪を詫び、「玄関先の一畳でいいので、中で寝かせてほしい」と懇願すると、「朝10時になればベッドが一つ空くから」といって、快く招き入れてくれた。肩に沈みこむ約20kgのバックパックを床に下ろすと、リビングルームにある仮設ベッドに倒れ込み、そのまま意識を失った。

 翌朝、食器の音で目が覚めた。ふかふかの布団のあまりの心地よさに「もう少しだけ眠っていたい」という思いが頭をよぎったが、リビングでいつまでも寝られては迷惑だろうと、気合いを入れて起き上がる。朝食の用意をしてくれていたのは、スリコの妻メディコ。70歳を超えるおばあちゃんだが、上品なロマンス・グレーの髪に、終止穏やかな笑みをたたえていた。聖書から抜け出してきたような、人の良さそうな女性だ。グルジア語しか話さないスリコに対し、メディコは英語を話すので、旅人との意思疎通に欠かせない存在だった。
 
 「さぁ朝食にしましょう」とメディコが号令をかけると、旅人達はおのおの席についた。くすんだ朱色のカバーがかかった大テーブルの上には、初めて見る料理が並んでいる。玉葱みたいな形の、小籠包のようなものが4つ。そして、籠一杯のふわふわのパン。小籠包に似た料理は、グルジア名物のヒンカリというらしい。皮の中にはスープとスパイシーなお肉が入っており、うっかりかぶりつくと、肉汁が飛び出すので注意が必要だ。「ヒンカリの上の部分をつまんで、少しずつ食べるのよ」とメディコが教えてくれる。パンはトルコのものよりもきめ細やかで、ミルクでも入っているかのようにクリーミー。自家製ジャムとヨーグルトも美味で、育ち盛りの中学生並みに、目一杯食べてしまった。

 世界遺産の観光もそこそこに、待ちわびていた宴会の時間がやってきた。その日の夕食は19時スタート。メンバは家主のスリコ・メディコの他に、同宿の若い日本人カップル、スイス人の青年マイク、そして私の4人。夜のメニューは、ソーセージのように長細い形をした「ミートボール(とメディコはよんでいた)」、色とりどりの野菜の煮込みに、朝食と同じ白パン。香菜のタップリ入ったトマトと胡瓜のサラダは、グルジアでは定番メニューらしい。手作り料理は、旅人の疲れを癒す素朴な味で、つい食べてしまう。お皿が空になると、メディコが柔和な笑みを浮かべ「も少しいかが?」と勧めてくる。その顔を見ると、とてもじゃないけど断れない。Noをはっきり言うマイクですら、せり出したお腹をぽんぽんと叩きつつ、「じゃぁ、もう少しだけ」とお代わりしていた。自家製の白ワインは、白というよりは茶色い。度数が低いのか、ジュースのように軽やかでグイグイ飲めてしまう。グルジアでは家庭の9割で自家製ワインを作っているらしい。

 食事が一段落すると、いよいよスリコの曲芸タイムが始まった。まずは自家製白ワインがたっぷり入ったコップをそのまま逆さまにし、高いところから口の中へ一気に流し込む。まるで、口から水を噴くマーライオンの逆バージョンだ。あっという間にグラス2つが空になった。次第に聖女の顔がグッと険しくなる。やがて、スリコが動物の角の形のグラスを取り出した。カンツィという角の入れ物の先端は尖っており、台座がない。グラスが自立しないため、中の液体を飲み干さないとテーブルに置けない「恐怖の杯」なのだ。スリコは角の中にたっぷりワインを注ぎ、いたずらっこのような笑みを浮かびながらこちらへ差し出した。グルジア流の飲み方は、一人一つカンツィを片手に持ち、持った方の腕をお互いクロスしてからの一気飲み。それを何度も繰り返す。何杯飲んだだろうか。だんだんと薄れゆく意識の中、最後にみた光景は、「メディコ、アイラヴユー!」とメディコの頬にキスを捧げるスリコの姿だった。我々は、「2人の愛に、ガンマルジョス(乾杯)」と叫び、残りの液体を飲み干した。
                       
 酒飲みに国境はなし春の宴 はづき




青山葉月プロフィール
青山葉月

 雛祭り&マダム・ルロワと同じ三月三日生まれ。ワインコラムニスト。
好きな俳句は同じ鎌倉出身の池田澄子作、「じゃんけんに負けて蛍に生まれたの」 シャンパーニュと日本ワインを偏愛し、ワイン中心の生活を送る。


ブルゴーニュ襟の乱れの麗しき はづき


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